お金を騙し取られない、たったひとつの心構え

「ノット・ファースト・コミットメント」を徹底して詐欺・悪徳商法被害ゼロを目指す

ア・タ・リ・マ・エの原理と「カチッ・サー」

特殊詐欺(「オレオレ詐欺」や「還付金詐欺」など、一連の振り込め系詐欺)の被害、とくに老齢者の老後資金をターゲットにした詐欺被害の増加を受けて、警視庁は東京都や各企業、団体と連携し、「特殊詐欺根絶アクションプログラム・東京」というプログラムを開始しています。

特殊詐欺アクションプログラム・東京

特殊詐欺に騙されやすい親・祖父母をもつ現役世代、つまり息子や孫にあたる人たちに対して、特殊詐欺がどのようにして行なわれるのか、その被害に遭ってしまう本当の原因は何なのか、といったことの理解を深め、親や祖父母がそうした被害に遭わないようにするための簡単な電話訓練を講習するものです。

インターネットに接続できる環境があれば、どこでも簡単に利用可能なeラーニングタイプのプログラムで、体験版を拝見したかぎりでは、主に被害者が陥ってしまう心理に目を向けた良質さが感じられるものだと思いました。

今のところは企業・団体での参加が前提で、個人でこのプログラムを受けることはできませんが、こうした講習によって、詐欺や悪徳商法にかんする知識と対策が広がっていくことは歓迎すべきことです。

たとえば、自動車免許の更新時には、かならずセンターに出向いて、交通事故を起こすことがどれほどの重大事なのかを教育する映像を見せられますが、これと同じようなことを詐欺関連でも行なうべきだと常々思っていただけに、こうした動きがさらに活発になっていけばいいと思わずにはいられません。

ところで、このプログラムのなかには、「ア・タ・リ・マ・エの原理」と呼ばれる心理が出てきます。

たとえば、私たちは詐欺師ではありません。だから、「オレオレ詐欺」のように、見知らぬ他人に対して、あたかもその身内であるかのような言葉遣いで電話をかけたりはしませんし、また「還付金詐欺」のように、役所の人間だと偽って、わざわざ他人に電話をかけたりはしません。

また、私たちは「詐欺」という言葉について、いかにも怪しそうな人というイメージをもってしまっているところがあります。詐欺という怪しい行為をする人なのですから、それにふさわしい言動をするはずだ、という常識があるのです。

こうした、私たちが無自覚に常識だと思っている事柄について、「特殊詐欺根絶アクションプログラム・東京」では「ア・タ・リ・マ・エの原理」と名称付けをしています。

この「ア・タ・リ・マ・エの原理」のやっかいなところは、むしろその逆についても、私たちは同じように常識だと思い込んでしまうところです。

オレオレ詐欺」については、私たちは見知らぬ他人に親しげに「オレだよ、○○だよ」と電話をしたりしない、と書きました。その逆がどうなるかと言えば、親しげに「オレだよ、○○だよ」という電話がかかってくれば、それは自分の身内だと無条件に信じ込んでしまう、ということでもあります。

還付金詐欺」については、私たちは役所の人間だと偽って他人に電話はしません。その逆がどうなるかといえば、役所の人間だと名乗る人からの電話は、とりあえずその言葉を信じてしまう、ということでもあります。ましてやその口調が親切丁寧で、どんな質問にもすぐ答えてくれるようであったとすれば、ますますそれが「詐欺」であるという可能性を遠ざけてしまいます。

 こうした人間心理については、このブログでも「固定的動作パターン」という名前で紹介しています。

sagi-zero.hatenablog.com

このあたり人間心理については、ロバート・B・チャルディーニ氏の『影響力の武器』が詳しいのですが、その本のなかでは「カチッ・サー」という象徴的な表現で説明されています。

これは、もともとは動物行動学で見られるもので、たとえば親鳥がヒナを守ろうとする行動は、別に親鳥がヒナを自分のヒナだと認識しているわけではなく、じつはヒナの鳴き声がスイッチとなって、なかば自動的に引き起こされる行動であることがわかっています。

まるで、カセットテープの再生スイッチを入れる(カチッ)と、そこに録音された音楽が流れるように(サー)、行動してしまうメカニズムが、動物にはあらかじめ備わっているのです。そしてそれは、私たち人間にも同じように当てはまります。

人は誰でも、自分に対して親しげな口調「オレだよ、母さん、オレオレ」と電話口で言われれば、自分の息子ではないかとまずは思ってしまうし、同じように電話口で役所の人間を名乗り、懇切丁寧に話しかけてこられれば、やはり役所の人間だろうと思ってしまうものなのです。

そして、いったんそう思い込んでしまうと、「特殊詐欺根絶アクションプログラム・東京」でも語っている「親心スイッチ」「信頼スイッチ」が入ってしまいます。そうなると、後はもう自動的な行動に陥ってしまいます。

もちろん詐欺師にとっては、相手から「コミットメント」を引き出すことが容易になるでしょう。

詐欺師や悪徳業者は、こうした人間心理について熟知しています。そして、どのようにすれば、相手の「親心スイッチ」や「信頼スイッチ」といった、固定的動作パターンを引き出すスイッチを入れることができるのかも、当然熟知しています。

だからこそ、「ノット・ファースト・コミットメント」を貫くこと、つまり安易に同意や承諾といった「コミットメント」をその場で相手に与えることだけは避けるという姿勢が重要になってきます。

sagi-zero.hatenablog.com

固定的動作パターンというのは、とかく複雑で多くの雑務や選択肢にさらされている人間社会で日常生活を営むのに、必要不可欠な能力です。それゆえに、そのスイッチを安易に他人に押させないようにする懐疑主義を忘れないようにしなければいけません。